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タオルケット体操

サツバツいんたーねっと

長時間労働の自虐風自慢をやめろ

考えたこと 仕事

photo by kevin dooley

今でこそ、ネットの文脈では残業自慢のような行為は「ダサい」とされていて見かけることはないわけだが、世の中に目を向ければ未だにそういう文化は生き残っている。

長時間の労働を自慢するということはつまり「自分は時間あたりの生産性が低い人間ですよ」と喧伝しているに過ぎない。
もっと厳しい言い方をするなら、「自分の職場は漫然と座ってても給料が出ます」と自慢しているわけだ。それってすげぇムカつく。

体力は有限

こういうことを言うと「俺はこんなに辛い思いをして頑張ってるのに〜〜〜」みたいなことを思う向きも出てくるかもしれないが、人間の体力というのは有限だ。そして一般に、いわゆる長時間労働というのは人が健康を損ねず(一定の生産性を維持した状態という意味)に働ける時間を超過していることを指して言う。

長時間労働が常態化した状態というのは以下の二つ以外にない

  • 手を抜いてちんたら仕事している

  • 限界以上の無理をしている

僕はこの両者とも許せない。

効率について

真面目に働くというのは、ガムシャラに汗水垂らすのとイコールではない。トータルの生産性をいかに高めるかという試みそのものである。

しかし我々が、いかに効率良く働くかという課題に腐心している間中、残業を厭わない連中はのうのうと非効率的に作業をこなしておきながら、あたかも自らが修行僧かなんかでもあるかのような顔をしている。挙句、意味不明な嫉妬からかは知らないがこちらに非効率な残業行為を強いるような圧力をかけることすらある。

多くの日本人が「仕事は辛いものだ」「給料は我慢の対価」だと考えている(20代の人間でさえそう考えている人間は多い!)。
この考え方は完全に間違えているわけではない。辛い作業というのは、それだけニッチに位置している可能性があるわけで比較的用意にお金が稼げる可能性があるという話だ。

しかし、これは少し考えればわかる話だが。例えば辛いだけ、我慢しただけお金をもらえるのであれば荒行に励む僧侶は皆高給取りだということになる。無駄に鞭に打たれたところで誰がお金を払うのだろうか?
漫然と無目的に我慢しただけで金がもらえるという考え方は、例えば必死の努力をしている起業家のような人々に大変失礼であろう。

仕事の価値はどれだけ我慢したかではなく、何を成したかで決まる。給料(自営業者なら売り上げかな)は雇い主に提供した能力の対価(売り上げなら市場に提供した価値の対価?)である。

そして休息というのは、効率的に働くためには必要不可欠なものだ。

例えば筋肉トレーニングにしても、毎日ただひたすら身体を虐め抜くのは効率的ではないとされている。適切な時間の休息をとることで筋肉は効率的に肥大化していく。

後者の効率的なやり方であれば2-3日に一度の休息をいれているわけなので、相対的に見れば「楽をしている」状態になる。
しかし、実際には前者が「実はサボっている」か「無理をしている」状態なだけだ。

サボっている場合、期間だけは長くかかる割になかなか効果が上がらない。
無理をしている場合はもっと深刻で、身体を壊して筋トレどころではなくなってしまう。最悪の場合、二度とまともにスポーツが出来ない身体になる可能性だってある。

こんなのはナンセンスだ。

ちんたらやってしたり顔の人間には当然腹が立つし、逆にクソ真面目に無理をした結果、身体を壊して社会復帰できなくなってしまう人間に対しても悲しくて腹が立つ。
僕の友達も、パワハラを我慢して、連日の残業で、心や身体を病んでいく。いい加減うんざりだよそういうの。

一番の癌は、残業パフォーマンスが会社全体の生産性を損ねていることに気がつかない、あるいは気がついていながらも是正できない組織そのものなのかもしれないが。

僕はとにかく働きたくない!!!!

余談

いわゆるマックジョブと呼ばれる職種であれば、長時間残業による生産性の低下はあまり問題にならない。いくらでも替えはきくので、そのまま人間を使い潰してしまっても会社にとって大した損害にはならない。
なので、いわゆる薄利多売なチェーンのファーストフードは人件費を圧縮するためにあの手この手を尽くす。

連日の残業を強いられている貴方がもしもそういう立場であるのならば、自分のしている仕事、将来の展望なんかを秤にかけて戦略的に行動することをおすすめする。

ところで朝から晩までヘロヘロ、休日も出勤を強いられて勉強もままならないエスイーは……