エンジニアリングの「橋」について

橋とはなんですか。
ドラゴンクエストというゲームを知っていますか。かのゲームにはこういうセリフがあります。
「はしに　きをつけろ！　はしをわたって　とおくにいくほど　おそろしい　まものたちが　あらわれるだろう」

昔のRPGほどこういった傾向が顕著なんですが、ドラゴンクエストにおいて敵の強さというのはなだらかな曲線を描くものではなく、大陸を横断するごとに階段状にあがっていきます。レベル10で無双していても、一つ橋を渡った瞬間敵がギラなどを使い始めホイミを使う暇もなく主人公は死にます。

さて、話は僕の所属しているIT業界に飛びます。僕はITのエンジニアなのでそこの主語を膨らませて話をしますが、たぶんマテリアルのエンジニアとかスポーツ選手とかでも同様の「橋」が存在しているんじゃないかとおもいます。

フルスタックエンジニアという言葉がありますね。想像上の生き物だという説もありますが、人々の感情に寄り添って解釈すると"ひとりでサービスを作ってローンチできるスキルセット"くらいのニュアンスでしょう。
「そんなん俺だってできるっつーの。その程度でフルスタック名乗るなよ…弱く見えるぞ」
たぶん大抵のエンジニアはこうおもったはずです。

でも冷静に考えると、ひとりで全部やってるんだからフルスタックを名乗ってもいいはずです。デザインをひいて、サーバーとフロントのコードを自分で書き、サーバーの契約をして、DNSの設定をして自分でデプロイしてるんだからスタックをフルってますよね？
とりあえずこなせている……という状態をそれじゃあ使い物にならないよねと断じてしまう人の念頭にあるのは「橋」の存在なんじゃあないかとおもいます。

サービスは規模が大きくなればなるほど分業/協業が基本になってきます。
これは工数に対する人手の問題もそうなのですが、それぞれの分野に特化した人間が能力を合わせることでパーティとしての強度をあげる狙いがあります。
勇者と戦士（武道家でもよいです）と僧侶と魔法使いが基本構成とされるのはそういうことです。群れを成して襲ってくるモンスター相手には魔法使いが必要ですし、単体で出てくる力の強いモンスターは戦士が受け持ちます。そして長い冒険を支えるには僧侶の支援が必要です。
いわゆるフルスタックの勇者のスキルは中途半端です。いなくてもよい存在です。しかしすべての役割をこなせるので、斃れた仲間のロールを一時的に受け持つことができます。これによってパーティの柔軟性や持続性が飛躍的に増します。状況に応じた役回りの変換が必要な勇者がリーダーを受け持つことが多いのは納得ですね。
また勇者の存在があれば変則的なパーティ編成で冒険を行うことも可能ですし、極め切った人外なら一人で橋を渡って冒険することもできます。

さて、現実世界においては大魔王を倒す必要性があることは稀です。
上で色々と述べたのは大魔王を倒す目標があることを前提にしています。ですが90%くらいのサービスが倒す必要があるのは「洞窟の奥のほうで宝箱を守ってる中ボスっぽいやつ」であって、バラモスやゾーマを倒すような過剰武装は必要がないわけです。

敵がベギラゴンを連発してくるような終盤のダンジョンを攻略するにはベホマラーを使える僧侶が必要ですが、ちょっと強いモンスターくらいなら勇者のベホイミとレッドブルで乗り切ることが可能なわけです。
もちろん資金が存分にあって、クリア後にもっと先を目指すのであればちゃんとした僧侶を雇ったほうが良いですが、往々にして王様の援助というのは100G程度です。

時間帯ごとに物凄いアクセスが予想される、絶対に落とせない、競合他社が簡単には真似できないような機能性……　こういった魔王を倒すにはちゃんとしたパーティを組まないといけません。死んでも生き返られるRPGならば勇者に大量のレッドブルを持たせる縛りプレイに挑戦するのも良いですが、現実世界でやるのは賢くありません。

僕はフロントエンド（というかGUI構築）であればかなり多くの「橋」を渡れますし、サーバーサイドもそれなりに書けます。しかしDockerがチョットデキてTerraformを書いたことがありますよ程度の僕の知識だと、魔王を倒すためのパーティでSREのロールをこなすにはかなり長時間のレベル上げが必要になってしまうでしょう。
が、ローカルのボスを倒すくらいのDevOpsならこなせる自信があります*1。

何が言いたかったのか、現実は王道RPGではないので必ずしも大魔王を倒す必要はないということです。
なので目標に応じて必要なスキルの練度も違います。
賞金稼ぎとして日々を生きているのに、ローカルのモンスターを倒すのにイオナズンを使える魔法使いを持ち出したら大赤字ですよね？
ベホマズンを唱えるMPがあれば理力の杖で殴ったほうが効率よい状況だって存在するのです。

ただし、それに甘んじて低い見積もりをし続けるとメンバーが死にます。洋ゲーの熊はめちゃくちゃ強いです。
「そんな大したことをするアプリじゃないから適当にじゃっと仕上げてよ、テストとかリファクタリングとかいらんから」といって僧侶なしのパーティをダンジョンにぶちこんでレッドブル切れで全滅……メキシコ……

以上です。
ちなみに僕が一番好きなのは6で、次が7です。